いつもしつこく購読しているイギリスのヘンクツなロック雑誌「MOJO」を見ていたら、ちょっとビックリした。あのミック・グリーンが亡くなってるというではないか!!!
ロック大好きな諸君なら、この事件の衝撃がいかにスンゴイものか、まさにハダで実感しているであろう。
彼こそは、まさしく「伝説のギター・ヒーロー」と呼ぶにふさわしい男なのだから。しかも、会った人に聞くと、思いのほか、普通でジェントルなオジサンだったという。伝説的なヒーローがいつも常人離れした奇人変人ばかり、というわけではないのだね。
彼が注目を集めたのは、まだビートルズ旋風が吹き荒れる前、60年代のはじめ頃のイギリスで、パイレーツ・ルックに身を包み、荒々しいR&Bタイプのロックンロールをプレイしていたバンド、ジョニー・キッド&ザ・パイレーツの一員として活躍していた。
ただ、彼らの代表曲で全英1位の大ヒットとなった「シェイキン・オール・オーバー」(ザ・フーもカバーしてリバイバル・ヒットした)の時には彼ではなくジョー・モレッティがギターを弾いていたこと、案外知られてないです。
しかし、彼の骨太なパワー溢れるプレイは多くのファンに愛され、その中にはドクター・フィールグッドのウィルコ・ジョンソンのような、これまた、伝説的なギタリストがいたりしたのだ。
そう、実際のところ、フィールグッドがいなければこれほどまでミックの名前が世界的なものになっていたかどうか。ウィルコはことあるごとにミック・グリーンの名をあげ、リスペクトの意を表していた。そんな彼の言動に、「そんなにすごいのか!」と感心していた世界中のロック・ファンのひとりにぼくもいた。
ジョニー・キッドは66年に交通事故で他界し、残されたメンバーもやがて消え、バンドはそのまま過去の彼方へ、というその時、ほぼ10年後の76年に、再び活動を再開し、以後、現在までなんとかやって来た。パンクの時代に彼らはジョニー・キッド抜きの、ただザ・パイレーツとして生まれ変わり、昔と変わらぬ、パイレーツ・ルックで暴れ回った。その潔さとブットいサウンドは、あのモーターヘッドさえも驚嘆し、初期の曲のカバーでリスペクトしているほど。
日本では、当時のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのギタリストだった故アベフトシくんがミックの熱烈なファンということで、01年には、来日した際に、一緒にレコーディングを行い「KWACKER」という3曲入りのEPをリリースしている。そこに収められているパイレーツの代表曲でもある「ピーター・ガン」は、ミックとアベの二人の魂の競演でもあり、その見事なプレイぶりは、今でもファンの熱い支持を受けている。ぼくも今もよくDJでプレイしてます。
ミック・グリーンが1月11日に亡くなったことで、このEPでプレイしたミュージシャンのミックとアベ二人が存在していないことになった。しかし、よく言われるように、彼らが遺したプレイとその中に込められたSOULは、時代を超えて永遠を生きるのだ。
そんなパイレーツの78年のライブ映像をご覧あれ。
大貫憲章